そんでもって0時くらいに起きてしまって、今更寝るのも厳しいので、もう寝ないことにします。
とりあえずお風呂に入ってこよ!
勢いでつくってしまった・・・・・・
どんなゲームかと言うと……
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電撃オンラインより
"彼女のいる毎日"を体験できるコミュニケーションゲーム。
舞台となるのは、美しい海と山に囲まれた新興都市"とわの市"にある私立高校。
まずはプレイヤーが勉強やクラブ、委員やアルバイトといった高校生活を送ることで、同級生や下級生などがプレイヤーに好意を抱き始める。
そして、会話やさまざまなイベントをこなすと2人の距離は急接近。最終的には女の子からの告白を受け入れることで2人は恋人同士になる。
カップル誕生後は、デートや電話で恋人気分を満喫!
彼女は、プレイヤーが好きな女の子でいたいという思いから、服装やヘアスタイル、さらには性格さえも変化させ、会話での質問やメールのやり取りではいつもプレイヤーへの想いをのぞかせる。
また、現実と同じ時間が流れる"リアルタイムクロック"が採用されており、時間や季節に合わせたイベントが用意されている。
http://dol.dengeki.com/
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ってな感じです。(=の間が引用)
普通こういった恋愛シミュレーションゲームは、
「プレイヤーが女の子を攻略する」
という構図が一般的です。しかしこのラブプラスは、
「女の子がプレイヤーを攻略する」
すなわち、ゲームの中の女の子がプレイヤーと仲良くなろうと、あの手この手で誘ってくるというわけです。これまでの恋愛シミュレーションゲームとは明らかに違う……!
また、落とす(落とされる)ことだけが目的なら多分2日も要りません。それはまだ序盤の序盤に過ぎない。本題として、女の子との恋人モードがあるのです。これもラブプラスの大きな特徴の一つであり、これまでのゲームとは違う点と言えます。
そしてDSを開けば、そこには「彼女」がいつでもいます。昼なら制服を着ている彼女が、夜ならパジャマ姿の彼女がいたり……。
また朝なら一緒に登校したりもでき、休みにデートの約束をすれば、その時間に彼女とデートが出来ます。つまり現実の時間とまったく同じ時を刻んでいるのです。これが、リアルタイムクロック!
他にも
・ヒロインは3人いる(もちろん皆かわいい。だって二次元だもんっ!)
・音声認識機能があり、「会話」ができる
・プレイヤーに対し、名字,名前,愛称で呼んでくれる(名前の例を予め山ほど収録しているため <ちなみに僕の名前は大丈夫らしいw)
・もちろんフルボイス
・タッチスクリーンを利用することで、女の子に「触れる」
・その他のイベント(ハート)が存在(ex. "彼女の家に行って"試験勉強,"夢"に彼女が出てくる etc)
ちなみに時限イベントは2年分(!)のものが用意されています。
また、遊べる時間自体に限界はありません。つまりエンドレス。究極的には死ぬまで遊べるそうです。
こりゃあ、一度買ったが最後(いや始まり?)、もう面倒な3次元の彼女なんて要らないね!!w
もうこっちに戻ってこない人は沢山いるようだしね!(笑)
あっ、妙に詳しく書いたけど僕は買ってないよーw
おっし、来年ドラクエと一緒に買うか(笑)。
カリスマ的な支持を民衆から受ける物語中の首相・犬養が、憲法改正の国民投票を前にして、テレビを通し国民に警句を発した台詞である。
「私を信用するな。よく、考えろ。そして、選択しろ。」
「お前たちのやっていることは検索で、思索ではない。」
今日の選挙も、有権者には"思索"して投票して欲しいものだ。
◇語学習得のためのシュリーマンの勉強法◇
(1) 非常に多く音読すること。
(2) 決して翻訳しないこと。
(3) 毎日1時間あてること。
(4) つねに興味ある対象について作文を書くこと。
(5) これを教師の指導によって訂正すること。
(6) 前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗誦すること。
また、
「会話をものにするために、その外国語が話されている教会に通い説教を聴き、一語一語を口真似するということを行なった」
「物語を2つほど丸暗記した」
→ 英語では、ゴールドスミス『ウェイクフィールドの牧師』とウォルター・スコット『アイバンホー』を丸暗記している。
この方法で彼は英語を僅か半年でマスターした。フランス語も同じ方法で、『テレマコスの冒険』と『ポールとヴェルジニー』を丸暗記して半年で習得。続いてイタリア語、オランダ語、スペイン語、ポルトガル語に取り組み、普通に話したり書いたりすることが出来るまで、それぞれ6週間かからなかった。
更にどんな小さな用事で出掛けるときでも、参考となる本を持ち歩き勉強したという。
※シュリーマン自伝の中のエピソード(例えば、幼少の頃ホメロスのオデュッセイアに感動し、遺跡の発掘をしようと心に誓った etc)には、いささか創作が含まれているようだ。これはWikipediaのシュリーマンの記事にも記述がある。
しかし語学が堪能であったことは事実であるから、参考にメモ。
その点、SNSでないものは楽。誰が読んでるのかわかんないし、基本的に他人が介入しない(ただもちろん、コメントをしてくれることは嬉しいですよ♪)。例えば愚痴だって好きなだけ言えるし、好きな人(<いないけど)への思いだって叫べるし、ふと思ったつぶやきだって言える。他人は基本的に、その閉じた世界を外側から見るに過ぎない。
しかしSNSは、そこに他人が必ず介入する。自分が日記を書けば、相手の新着欄に表示される記事が1つ増える。自分も、誰が読み、誰が読まないのかわかる。誰が共感してくれるのか、はたまた誰も共感してくれないのかわかる。書くときに他者視点を意識せざるを得なくなる。もちろんブログでも他者視点は意識するが、SNSでの意識はこれと異なると感じている。
つまるところ、mixiは楽しいけれどもめんどくさいのだ。Social Networking Service なんだから、世の中と似たようなもん。世の中は僕にとってめんどくさい。
人との繋がりは大切だと思うが、積極的にそれを求めることは自分には向かないことなのかもしれない。必要なのは、もっと学をつけ、考え、いわゆる魅力的な人になることだろう。そうすればきっと、求めずとも足るはずだ。
そんな2日で、小説を2つ読んだ。トゥルゲーネフの『初恋』と、南木佳士の『ダイヤモンドダスト』。後者は、船高の授業で扱って、それでいいなって思ってブックオフで買ってきたもの。第100回芥川賞受賞の短編小説。美しい筆致が素晴らしい。前者は……何故買ったんだっけ。恋に悩んでいたとか?(笑)いや、そんなことあり得ないか。ロシアの作家の作品。多分、男子の方が内容に共感できるかな。主人公が男だから。
どちらも本棚の肥やしになりかけてたけど、この2日でやっと読めた。
どちらも良い小説。まさに純文学。海外作品に純文学って言葉を用いるのかはわからないけど。
1つは恋愛を、1つは生死をテーマにしてるってことで、毛色は全く異なる2つでした(この2つを続けてセレクトしたことに、特に意味は無いです)。短編だしオススメです。
でも機種変更とかは少なくとも来年まで無いだろうし、解約はそれはそれで困る……。ならばこの簡易Web機器を、如何に有益に使うかがキモです。つまり、これを単なる暇つぶしツールとして使うのではなく、ポータブルな面を生かした知的ツールにしたい!ということ(勿論、通信料金以外タダでw<携帯のコンテンツにお金をかけるのは勿体無いと感じるので。それをもっと他の用途に使いたい)。なんかいいとこ無いもんかなあ……(笑)
ところで今日、smart.fmに登録をしてみました!これは簡単に言えば、「語彙力増強ソフト+SNS」です。詳しく知りたい人はWikipediaなり、実際に登録してみるなりしてください。ちなみに今まではiKnowと呼ばれていたものです(別にアップル製品ではない)。まあ、それが今もメインコンテンツなのですが。
英単語をやりましたが、手軽かつ効率的にテスト・暗記出来るので、毎日20分くらいずつ継続的にやるときっといいですねー。継続的……苦手だけど(笑)。困ったことに僕は、一気にやって一気にやらなくなる、つまり熱しやすく冷めやすい性格なので; そんな中で、このブログを(細々とながら)続けているのは奇跡的。
閑話休題。ただ、自分の使ってる本の内容のリストがあまり存在しないのが残念。iKnowは、自分若しくは誰かが作成した覚えようと思ったリストを、コンピュータが弾き出した効率的なペースで学習するというものです。その為、リストが存在しないと学習自体できません。例えば、「速単に出てくる単語を勉強したい!」と思っても、速単の単語のリストを誰も作成していなければ、自分で作るしか方法が無いということですね。だからいっそのこと、自分でリストを作っちゃおうかなあとも思っています(笑)。
でもまあ、使い方もまだまだよくわからない(今日登録したんだから当たり前か…)ので、もう少し色々とやってみようというところです。
まあ、こんなところですねー。ではでは(^^)
を読了。去年の4月に初版だから、結構最近の本。
筆者は、普通に生きているだけではなかなか"見えない"「貧困」は、国の弱体化を示す警鐘であると言う。また、日本社会にありがちな「貧困に陥っているのは自己責任」という論に対する誤りを厳しく指摘した上で、そういった「貧困」を放置・見て見ぬフリをする社会を批判。"すべり台社会・日本"に歯止めをかける必要と、貧困の最大の敵は「無関心」であり、私たちが団結して政府に声をあげていく必要があると主張する。
著者の湯浅誠は東京大学の法学部の出身。貧困の"現場"に自ら立って「反貧困」の活動を展開してきた。著者自身も路上で生活をしていた経験があるという。以前話題になった年越し派遣村の村長だった人だから、知っている人もいるかもしれない。
この本も、著者が現場に立って活動をしてきた人だからこそ書けるものであり、実際に貧困にあえいできた人の話が豊富に取り入れられている。だから、そういった現場の人にしか書けないある種のリアルさと、このままではいけないのだという強い主張を感じられる。特に終章に、筆者の強いメッセージが込められているように感じた。
この本を読んで、僕は少し蒙を啓かれたような気がした。僕たちは、例えば何か事件があったりしても、物事の表面だけを見て、
「酷い人がいたものだね」
「こうなったのは頑張ってこなかったからだろ」
といった論調に陥りやすい。僕もそういう部分があった。
だが、物事はそんな単純なものではないことが多い。本当の原因が、実は筆者の言う「貧困」によるものであることがあるのだなと思った。そのうえで、
"日々の犯罪のニュースに接したとき、しばしばそこには貧困の影がちらついている。それを見ずに「ひどいヤツがいたもんだ」で済ますか、真にそうした悲劇が起こらない社会を目指すか、それは私たち自身の課題である。"(本書P.221より)
ただし、筆者の言う「貧困」とは、単にお金が無いといったことだけを指すのではないということを注意しておきたい。
大人は勿論のこと、もうすぐ選挙権を得る私たちも、読んでおいていい本だと思う。
予備校生活は面白いほどに孤独です。今のところ友達ゼロ!(笑)まあ友達作りにいくわけじゃないので、全然気にしてないですが。人との交流はめっきり少なくなりましたね。
授業自体は面白いです。勿論、Interestingな意味で。Funの意味だったら、それはそれで困ります;
てか、夏期講習の申し込みってのがもう終わってしまって、僕も登録はしましたが、早すぎやしませんか?(笑)まだ梅雨も来てないというのに……。こんなもんなのでしょうか。予備校ってのはホント未知のことばかりです(笑)
そんな「現代の日記」って、その対象によって分けると二つの種類があると思います。
1つは、少数の内輪の人間を対象にしたもの。これは日記に書かれた話題が"分かる"人に対したもので、その人たちには強い印象を与えることが出来ますね。いわば「狭く深く」。
もう1つは、多数の人間を対象にしたもの。こちらは前者ほどは読む人に印象を与えませんが、幅広い読者に内容を伝える目的で書かれるものです。いわば「広く浅く」。
このブログやmixi、その他の場所で書く題材は違えど、僕はどこであっても、後者の種類のものを書こうと思って心がけています。理由は、文章で相手に何かを伝えるという力は、前者の種類を書くことでは伸びないと思うから。「こんなふざけたものしか書いてないのに、文章の伝達力を伸ばそうだなんて……(苦笑)」って思われそうですが(笑)。
前者では、内容に多少のわかりにくさがあっても読む人が判断してくれるってことで、そこに甘さが出ると思うんですよねー。その甘さは、肝心なときに誤解を招いてしまったりするかもしれません。せっかく書いてるんだし、為になる方を、と思うわけです。
あとは、前者は馴れ合いっぽくて好きじゃないから、とかも理由としてあります(笑)よくありますよね。「メールでやれ」って言いたくなるような日記。そういうのは、好きではないので……。
ただ、「これで伝わるだろう」と自分では思っても、それが他人にはわかりにくいってことが往々にしてあるのが怖いです。そうなるのは最悪ですし。はあ、頑張ろ……。
あ、いろいろ言いましたが、別にどちらが良いとか悪いとかを言うつもりは無いです。個人の日記だし、両者に"優劣"は無いと僕は思います。何に使ってもいいわけですしね。単に個人の価値観・好き嫌いの問題です。
批判ってのは、物事・行動などについての善悪を評価・判断すること。批判を受けたらその内容の正当性なんかを判断して、納得なら受け入れるし、納得できないなら反論なりすればいい。
一方の悪口は他人を悪く言うことで、人格批判とも言える。人格の善し悪しなんて人に判断出来るもんじゃないから、人格批判は悪口にカテゴライズしていいと僕は思う。
単純な例を挙げれば、ある人(A)が間違いを犯していたとして、周囲の人(B)が
B「それはおかしい。間違ってる」ってのが批判
B「そんな間違いするなんて頭悪いな」ってのが悪口
かな。
これを混同されたら、批判側の善意から来た批判かもしれないのに、受け取る側に来ると、それはたちまち悪意へと変貌してしまう……。そしてそれは時々起こり得ることで、だからなかなか言いにくいわけ。
確かに、批判されたらムッとしたくもなるけど、それをすぐ悪口だと捉えないで冷静に判断したいところです。